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高橋靖子

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2010.08.25

写真集 YELLOW MAGIC ORCHESTRA X SUKITA

20代の初めに、見えない電波のようなものを感じて、それがなんであるかは
わからないまま、広告界に滑り込んだ。
毎日毎日、業界の隅っこで、おずおずと、でも図々しさも兼ね備えつつ、
ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
最初の3年間は、レオンにいてもしゃべったことがなかった鋤田さんと
最初のひとことをしゃべったら、もう「音楽の旅路」のお手伝いをしていた。
私は何も知らなかったけど、いきなりスゴイ課題を突き付けられ、
ますます飛んだり跳ねたり(飛行機に乗ってロンドンへ行ったり)した。
そうやっていろんなミュージシャンを目撃できたことは、なんてラッキー
だったのだろうと、今にして思う。

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鋤田さんは展覧会をしたり、写真集を出したりすることに、とても慎重だった。
私は鋤田さんがまとまった作品を、世に問うのをいつも、いつも待っていた。
それまでは、私が軽率なおしゃべりをしないよう、心してじっとしてようと思っていた。
でも私が50代半ばになったころ、それじゃ、私もボケちゃう...と思って、
いろいろおしゃべりしたり、書いたりしはじめた。
(今でも、心の中では鋤田さん、こんなことしゃべってごめんなさい、と思うことがある)

この写真集が出来て、本当にうれしい。
1972冊限定のTレックスの豪華な写真集が出た時もうれしかった。
今回はまた、新たな別のチャレンジをしている。
いつも旅路の途中の鋤田さん。
私はクリエイティブな世界で、追っかける人、お手本となる人がいて幸せだ。
私自身、私の小さな世界の中でいちばん大切なのはクリエティビテイだと信じているから。

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どのページにも、いろんな想いいがあるが、まだクレジットなどということが一般的では
ないころ活躍していたヘアメイクの友人がいた。
このヘアメイクは広田千秋さん。
彼がこの業界から去ったのはかなり前なので、ほとんどの人は彼を覚えていないだろう。
ヘアメイクやスタイリストは人の輪を作ることや現場を盛り上げることも役目の一つと
心得ることもある。そのヘアメイクさんがいるとワッときらびやかな世界が広がることもあるし、
タレントさんやモデルさんと男同志あるいは女同士の日常生活の友人関係まで発展したり
することもある。
広田さんは違った。
寡黙で、はにかみ屋だった。
私とは何度も仕事を重ね、仲良くなっていたから、
「グレングールドの『ゴールドベルク変奏曲』を聴くように」などとアドバイスされたりした。
歌舞伎の白塗りにインスパイアされたこのメイクの構想を聞かされた覚えがある。

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坂本さんが坂本龍馬になったときのロケにも、エピソードがある。
これは新潮文庫の広告の一つだったが、世はテクノカットの時代。
授業をさぼって見物に来た3、4人の高校生はすべてテクノカットだった。


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私はいつもミーハー心でYMOを追いかけていた。
いろんなシーンで彼らにサインをしてもらっていて、今やそれは財産になっている。


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1978年のYMOのワールドツアーの最終地はニューヨークだった。
このとき、私は子供とベビーシッター連れで追いかけた。
(写真はシッターのお姉さんと息子。空港にて)
これからの追っかけは、もちろんひとりで自由にどこまでも。


YELLOW MAGIC ORCHESTRA X SUKITA TOKYO FM出版 ¥3300

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2010.08.25  |  FASHION

PROFILE

高橋靖子

日本のスタイリストの草分け的存在。現在も、広告、CMなど第一線で活躍中。71年、ロンドンで山本寛斎氏とファッションショーを成功させ、その後、「ジギー・スターダスト」期のデヴィッド・ボウイの衣装を担当。鋤田正義氏によるデヴィッド・ボウイやT・レックスの撮影をアレンジしたことでも知られる。著書に『表参道のヤッコさん』『小さな食卓 おひとりさまのおいしい毎日』『わたしに拍手!』などがある。

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