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高橋靖子

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2011.08.17

グッバイ・ジョー

ジョー山中がまもなく旅立つと、ジョーに近しい方々から聞いている真っ最中に、
40年間眠り続けていたジョーのポートレイトが奇跡のように、
私の写真のストックのなかから、ひょいと現われた。

image001.jpg衣裳 山本寛斎   撮影 鋤田正義

美しいジョー!
長いこと隠れていたこの写真を眺めていたら、危うく忘れそうになったことを
いろいろ思い出した。
そして、衣裳を創った山本寛斎さん、撮影をした鋤田正義さん、
この写真をパルコ劇場でのコンサートに使用した水野誠一さん、
ジョーの関係者に画像を送って確認した。


この衣裳は、フラワートラベリンバンドの最後のコンサートに用意されたものだった。
1973年4月末、ゴールデンウイークの最中、京都円山公園で行われた解散コンサート。
寛斎さんからギリギリで受け取った衣裳を持って、私は京都に向かった。
新幹線はストに突入し、私は衣裳を抱えて飛び回り、大阪行きの飛行機に飛び乗った。
やっとのことで、開始寸前の会場にたどり着いたのだ。

そしてこのニットのモチーフは「KANNSAI IN LONDON」や、その直後、デヴィッド・
ボウイの衣裳に使われたものと共通している。
デヴィッドが当時、ジョーを最も注目しているアーティストとして語っているのも、
複数の人々を通してお互いに交流があったからだと思う。

image002.jpg

image003.jpg 衣裳 山本寛斎   撮影 鋤田正義

丸山公園で、ショッキング・ピンクの造り物の象に乗ったジョーは
この白いマントウをはおってみんなの前に現われた。
象は会場の中央に進み、ジョーは白いマントウを脱ぎすて、空中に放った。
それからステージに上がっていったと記憶している。

フラワートラベリンバンドは、来日するはずだった「ローリング・ストーンズ」の
前座を果たすことになっていた。
突然の中止がなかったら、フラワーは別の展開を果たし、解散しなかったかも
しれない。

私は、ジョーの姿、ジョーの歌を、刻一刻を味わい、心に刻んだ。
私はスタイリストをしていたおかげで、ここでも歴史に立ち会うことができたのだ。

その後、ジョーは、パルコの「ジョーが歌うクリスマスキャロル」に出演した。
この催しを企画したのが、当時西武百貨店に在籍していた若き水野誠一さんだ。
これはそのポスター、リーフレット用に、鋤田正義さんが撮影した。

ジョーの歌声が聴こえてくるこの写真がこの時期、よみがえったことを
私は特別なことと感じる。
ジョーを語る言葉は、まだ浮かんでこない。
でもこの美しいジョーの姿がすべてを語っていると思うのだ。



付記
私の2009年の「パチパチ・パーティー」というブログに
フラワートラベリンバンド 2009
」が載っています。

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2011.08.17  |  FASHION

PROFILE

高橋靖子

日本のスタイリストの草分け的存在。現在も、広告、CMなど第一線で活躍中。71年、ロンドンで山本寛斎氏とファッションショーを成功させ、その後、「ジギー・スターダスト」期のデヴィッド・ボウイの衣装を担当。鋤田正義氏によるデヴィッド・ボウイやT・レックスの撮影をアレンジしたことでも知られる。著書に『表参道のヤッコさん』『小さな食卓 おひとりさまのおいしい毎日』『わたしに拍手!』などがある。

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