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高橋靖子

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2010.07.27

ココと暮らして


その日は、心がなんだか高揚していた。
ご近所の友人みきさんと、息子と散歩をしていて、ペットショップに
立ち寄った。
何十年かぶりに一人暮らしを始めた頃で、
私の心は無条件に愛を注ぎ合う相棒がほしかったのかもしれない。
一瞬私を見つめた小さな生き物を抱くと、店員さんが
「この犬種は飼いやすいですよ。丈夫で、おとなしくて、頭が良い」
たったそれだけのことで、私たちは決めた。
みきさんと私は半額づつ出し合ってココのふたり母となり、
共同で育てることにした。


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大家さんの庭はココの庭となった。
それはココにとって最大の幸運だったと思う。

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ときには庭続きの大家さんの居間でお昼寝もした。
70代の大家さんは一人暮らしで、動物好きの彼女は大いに可愛がって
くれた。


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ペットショップからは血統書をもらったが、それは一度観ただけ
だった。近親の誰かがドッグ・ショーでグランプリをもらったような
ことが書いてあったと思う。
犬種は イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル。
中型の狩猟犬だった。

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ココはみきさんと私の家を行ったり来たりした。
最初は100メートルと離れていなかったが、のちにはみきさんが
代官山に引越して、彼女の車で往復するようになった。
夜、彼女がお迎えにきて、うちのソファで夜中まで、ときには
朝まで眠ってしまうこともあった。疲れてお迎えがないこともあった。
お互い忙しく、くたびれていることも多かったけど、ふたり母の間
ではゆるーい約束が、ゆるーく、ながーく続いていた。

ココと暮らし始めて間もなく、意外なウワサがひろがっていた。
「彼女たちは、自分で世話をしていない」
うっそー! 
ある事務所を訪ねたら、いきなり、
「ヤッコさん、犬を飼い始めたけどほとんど世話をしてないんだってね」
と言われ、思わず絶句した。
みきさんはある店の前で「犬の世話をアシスタントにさせるな」
とこんこんとお説教された。そのそばを彼女の社員が「行ってきまーす!」
とリードを持って2匹の犬の散歩に出かけた、という。
「あなたはお散歩に社員たのんでもいいの?ましてや旅行の時一か月
社員が泊まり込みで世話をしても、あなたの場合はいいの?」
という言葉をぐっとこらえて帰ってきたとか。
自分のことは自分なりに整理がついているから、不思議に思わないことも、
よその人だと、許せないことってあるんだって、今ならわかる。
私たち二人はその当時は傷ついた。(その後10年間ココが亡くなるまで、
アシスタントは一切ココに触れていない)

ココが問題犬だということがわかってきた。
それはココのせいではなくて「遺伝」のせいらしかった。
10年間、週3回、お散歩と調教のために頼んでいた訓練士さんが
時々教えてくれた。
「この犬種は日本では数が少なくて、いきおい近親交配が多くなる。
この犬の祖父にあたる犬が大変粗暴で、それがますます凝縮された形で
出る。日本のこの犬種は、海外の犬種に比べて粗暴な場合が多く、
私がみている他の犬にもココと同じ性向がみられる」

自分たちの無知をいろんなことで知らされて、反省はしたけれど
私たちは悪いクジをひいたとは思わなかった。
どんなことがあっても、ココとずっと一緒だ。

伊豆の白浜でロケが終わったときなど、私は特急で戻った。
ロケバスだと高速で遅延した場合、ココのおしっこの時間に間に
合わない。ココは決して室内ではしなかった。
(猟犬の場合そういうことが多いそうだ)
なのにロケバスのほうが早く着いたりした。

大家さんが亡くなって土地と家の所有者が変わった。
とりあえず私はココと暮らせることを条件に駒場の一軒家に引っ越した。

新しい家で一年もたたないうちに、ココの様子が急変した。
ココの身体が崩れていった。
これも遺伝のせいだったらしいが、何度も通った病院では説明が
なかった。それで別の大学病院に予約した二日前、ココの目が真っ青に
澄み切っているのをみた。
貧血だろうか。
午前中、知り合いのタクシーで病院に連れていったが、午後は
獣医さんに往診を頼んだ。
何故か息子がふらりと家にやってきた。
もう一人の母に電話をして彼女が来るのを待った。
彼女が着いて、おしっこに連れ出そうと抱き上げた。
ココは3人揃ったところでウオーンと一声を発して、逝った。
ちょうど10年前、この3人で、ココに出会ったのだ。
ココは3人に最高の挨拶をして旅だった。

ココは最後に、もう一つのプレゼントを私にくれた。
ココないなくなって数日後、私は何気なく、もと住んでいた家を
観に行った。もうなくなって、新しい家がたっているのだろうか・・・
ところが家はそのままの形で、リノベーションされていた。
家族で暮らし、父を介護し、ココと暮らしたその家に
私は戻ってきた。
これはココがしてくれた最後の親孝行だと私は信じている。
生き物同士には、時として、このような出来事が起きる。
ココと私はお互い、なにか大切なことを分かち合ってきたのだ。


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今思えばペットショップの店員さんも、そこに付属している動物病院も、
私たちが10年かけて知ったことを最初から知っていたに違いない。
でもそれを責めることはない。

動物と一緒に暮らすことに関して、私は無知過ぎた。
動物との出会いのチャンスをペットショップと単純に思いこんでいた。
動物に対しての世の中の仕組み、行政に関して、何の疑問も
もたなかった。
これから私がペットと呼ばれる動物とともに生きることは、
年齢的に考えるとないかもしれない。
でも語ること、わかりかけてきたこと、知らせたいことはたくさんある。

http://freepets.jp/

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2010.07.27  |  FASHION

PROFILE

高橋靖子

日本のスタイリストの草分け的存在。現在も、広告、CMなど第一線で活躍中。71年、ロンドンで山本寛斎氏とファッションショーを成功させ、その後、「ジギー・スターダスト」期のデヴィッド・ボウイの衣装を担当。鋤田正義氏によるデヴィッド・ボウイやT・レックスの撮影をアレンジしたことでも知られる。著書に『表参道のヤッコさん』『小さな食卓 おひとりさまのおいしい毎日』『わたしに拍手!』などがある。

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