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Behind the Disk by 高田漣

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2010.05.31

大人気取りのランチの話

「好物は何ですか?」と聞かれると
「アボカド、ミョウガ、アスパラ、牡蠣、、、etc」と答えます。
そんな中で今日はミョウガと牡蠣についてのお話を(笑)。

毎度ばかばかしい話を一席。

子供の頃、牡蠣フライが嫌いでした。何でだったかは記憶にありませんが
「何で大人はこんなものが好きなのだろう?」と思っていました。
それが中学生の頃でしょうか、ふと食べてみたら
「何で今まで僕はこんなに美味い物を見逃していたのだ!」と
心底悔しがりました(笑)。
その頃から自分が嫌いだと思っていた食べ物にチャレンジするようになったのです。
ミョウガの美味しさに気がついた時は自分が大人になったような気がしました。
いま大人になってからは生牡蠣こそが最高の贅沢と思います。
あくまで贅沢なので牡蠣の旬があるのは助かります。
でないと僕は食べ過ぎて牡蠣になってしまいます。

さて、ここは音楽のコラムなので話を音楽に変えますが(笑)
音楽を聴く喜びもまたこのような
「食わず嫌い」を克服していく作業に似ている気がします。
少なくとも僕はそうでした。
前回のランディ・ニューマンによって空けられた風穴は
徐々に広がり、大学入学の頃に一気に開花しました。
僕の育った吉祥寺には沢山のジャズ喫茶があり、
お昼などは手頃なランチを出しているお店も多かったので、
授業をサボっては大人気分を味わっていたのです。
そうやっているとそのうち、お店でかかっているジャズにも興味が沸いてきたのです。
以前にも話した母方の伯父は若い頃、京都のジャズ喫茶(ブルーノート)で
働いていたジャズ・フリークでもありました。
その影響もあって少しずつジャズも聴くようになりました。
さらに伯父の植草甚一親分の本などももらって一層興味が沸いてきました。

100531takada_P1.JPG『ぼくは散歩と雑学がすき』植草甚一著
『ジャズ・カントリー』ナット・ヘントフ著 木島始訳
『ジャズの本』ラングストン・ヒューズ著 木島始訳
『詩 少年 アメリカ』木島始著


そのころの吉祥寺のディスク・ユニオンの奥の方にはジャズのコーナーがあり、
他とはガラスの扉で遮断され静かで心地良い空間でした。
そこで訳も分からず物色していたのですが、今思うと、
そのユニオンの品揃えが変っていて、通常のジャズ・ファンのためのものから、
かなりアヴァンギャルドなものまであったのです。
気がつけば通常のジャズは通り越してフリー・ジャズにばかり気がいきはじめたのです。
伯父が嫌いだと言っていたオーネット・コールマンもここで初めて出合いました。
当時、ウィリアム・バロウズの「裸のランチ」をデヴィッド・クローネンバーグが映像化して、
その音楽をオーネットが担当していた事も非ジャズファンであった
若造にも存在を知らしめたきっかけでしょう。
と言っても、その頃はお金もないのでジャケットを眺めて音を想像して、
バイトの給料が入ったら選りすぐって何枚か買うというザッツ・学生気分!

100531takada_P2.JPG


想像上のオーネットは相当なアヴァンギャルドさで
聴きにくいこと、この上ないと思い敬遠していたのですが
実際に買って聴いたら思っていたよりもずっと聴きやすく、
「ってかこれよくお店(ジャズ喫茶)でかかってたやつだ!」と気がつきました。
(似たような話をジミ・ヘンの時にしましたね。僕はいつもそうでした。)
いくら大人ぶっても若造にはジャズ喫茶は敷居が高すぎて、リクエストはおろか
今かかっている作品のジャケットの確認すら出来なかったのです(笑)。

その次にエリック・ドルフィーにはまりました。
今でも一番よく聴くジャズのアーティストかもです。
もともとチャールズ・ミンガスのバンドでの演奏は聴いていましたが
リーダー作の危うい美しさは大好きです!特に「アウト・ゼア」。
ベーシストのロン・カーターのチェロも相まって室内楽的な雰囲気がすごく好きです!
そう言えば、ミンガスの楽団にドルフィーがいた頃のライブの映像で
とっても好きなシーンがありまして、それは冒頭の入場の際に
ミンガスがとても重そうなバックを大事に抱えてステージに上がるんですよ。
当時は楽屋も物騒だし、メンバー分のギャラの入ったバックを
一番安全な場所(ステージ)まで持っていったのだ、と友人の間では都市伝説化(笑)
事実かどうかは別としても当時のバン・マスの重要性を垣間見れますね。

100531takada_P3.JPG


大学時代のバイト先で聴いたブリジット・フォンティーヌと
アート・アンサンブル・オブ・シカゴ(以下AEC)の共演盤「ラジオのように」は
局地的に吉祥寺界隈では流れていました。
そう言えば去年のASA-CHANGとの共演の時も演奏しました。
AECはとっても大好きで、僕自身も当時その名前をもじったようなバンドを作って
演奏していました。(「即興演奏の彼方に」の回を参照
彼らの集団即興の語彙の広さ深さには到底及びませんでしたが、
僕らもまねてチャレンジしていました。高円寺の片隅で。
AECの作品は明快なストーリーがあって闇雲な即興とは違う、
映像性のような(画が浮かぶみたいな)ものを感じていました。
そのAECのトランぺッターのレスター・ボウイの
「グレート・プリテンダー」も忘れられません。
レパートリーやそもそもジャンルとかどうでも良いのかなと思わせるほどの名演ですね。
あんな演奏を僕もいつかはしてみたいと思っています。

100531takada_P4.JPG


そしてアルバート・アイラーを聴いた時には、さらにオドロキが。
AECもそうですが「ゴースト」における民謡のようなメロディーと
フリー・フォームな演奏の対比が凄まじく
またドン・チェリーとの双頭の場合はさらに何か郷愁を感じさせますね。
郷愁と言っても太古の記憶と表現すれば良いのか。
アイラーは若くして亡くなってしまったことが本当に悔やまれます。
そうそうドン・チェリーはオーネットのアルバムでも名演を残していますね。

ああ、自由な音楽って良いな!と思っている時に、ちょうど大学の授業で
現代音楽なるものと出合い、さらにもっと変わった音を聴きはじめたのだが
あるバンドでその探求は打ち止めに、、、

その話は次回にとっておきましょう(笑)。
今日はミョウガと牡蠣のランチでした。

高田漣

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2010.05.31  |  CULTURE

PROFILE

高田漣

1973年、日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男として生まれる。14歳からギターを始め、17歳で、父親の旧友でもあるシンガーソングライター・西岡恭蔵のアルバムでセッション・デビューを果たす。現在は、スティール・ギターをはじめとするマルチ弦楽器奏者として細野晴臣、高橋幸宏、ハナレグミ、アン・サリー、畠山美由紀、Human Audio Spongeなどのレコーディングやライヴで活躍中。ソロとしても今までに5枚のアルバムをリリース。2008年には、高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人で「pupa」を結成し、デビュー・アルバム『floating pupa』を発表している。同年、崔洋一監督によるショートフィルム「ダイコン」(小泉今日子主演)の音楽を担当。

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