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Behind the Disk by 高田漣

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2010.05.24

不協和音の伏線の話

今日はロンドン在住の現代音楽作曲家の藤倉大くんと会食して来ました。
よく考えると現代音楽は大好きですが、現代音楽の作曲家さんと
お話しするのは初めてでした。いやぁ~楽しかったなぁ。

さて、毎度ばかばかしい話を一席。

大学時代にフリー・ジャズや現代音楽に傾倒しはじめた話は以前に書きましたが
もともと北米の音楽を嗜む家系にいた僕が何故そのような音楽に至ったか?
それには(自分的には)絶妙な伏線があったのです。
そのアーティストの名はランディ・ニューマンです。
以前に書いたヴァン・ダイク・パークスもそうなのですが
多分ランディ・ニューマンの方がより無意識に
僕はその「伏線ぶり」を聴いていたと思います。
ランディ・ニューマンの名前は「ロックの名盤100選」みたいな本などに
必ずと言っていいほど「セイル・アウェイ」が載っていました。

100524takada_P1.JPG


でも僕が最初に彼の名前を認識したのはそれよりももっと前、
以前にも話したハリー・ニルソンの「ハリーの肖像」の
B面の最後に収録されていた「サイモン・スミスと踊る熊」がそうです。
その陽気でありながら哀愁のある楽曲と終盤の疑似ダビングされた観客の声など
子供にとってはディズニー的な楽しみ満載で大好きな曲でした。
それに引き換え、所謂、北米民謡はほとんどが「もの悲しくて憂鬱」で
子供にはさっぱり楽しくなかったのです(笑)

その後、高校生になる少し前から僕はギターを弾きはじめました。
当時の僕はロックやブルース・ロックを好んで聴いていました。
そんな時に出会い頭のようにランディ・ニューマンに再会したのです。
それから彼の諸作は毎日のようにターンテーブルに乗りました。
それまでどちらかと言うとギター主体のバンド演奏ばかり聴いていたので
とてもサウンドが新鮮で、何よりも曲調に興味が沸きました。
古のハリウッド映画の主題歌や挿入歌のようなドリーミーな曲調が
少なからず彼の出自(伯父は映画音楽の大家、アルフレッド・ニューマン!)
によるものだと知るのにそう時間はかかりませんでした。
「なんか映画音楽って素敵だな~」とあの頃から思いはじめました。
間もなくしてヴァン・ダイクの洗礼~ハーパース・ビザールなどの
所謂バーバンク・サウンドと呼ばれる一派を知る頃には
完全に非ロック的な音楽を好むようになっていました。
ボー・ブラメルズやそのメンバーのロン・エリオットのソロ作や
アーロ・ガスリーやフィル・オクスやエヴァリー・ブラザーズの名盤も。

そうこうしていると渋谷系の時代にはソフトロックが極光を浴びていました。
前述のハーパースとかあるいはロジャー・ニコルズとか流行ってました。
でもあくまで僕が興味があったのはウィスパーボイスではなく
ストリングスや遊び心一杯のそのサウンドでした。
そしてちょうどその頃に僕は偏ったフリージャズに目覚める訳ですが、
、、、その話は次回にしましょうか(笑)。

100524takada_P2.JPG


さて、これらの所謂、バーバンク・サウンドには確かにストリングスも多用されるし
不可思議なサイケデリックなサウンドも多かったので
それが伏線か!と思われそうですがそれは違います。
もちろん影響はあるかも知れませんが一番の伏線=下地はランディ・ニューマンの
ストリングスの使い方やメロディーとコードとの関係なのです。
はじめは何気なく聴いていた「グッド・オールド・ボーイズ」収録の「ギルティー」の
ストリングスが何となく不可思議な事に気がつきました。
この曲のボニー・レイットのカバーと聴き比べると
前者のストリングスの異様さが際立って聴こえたのです。
その頃、何となくギターからスケール(音階)というものを学んでいる最中でした。
その和音がメジャー(長調)なのにストリングスがマイナー(短調)の音などの
明らかにぶつかる音を弾いていました。
結果としては不安定な宙ぶらりんなサウンドになっていたのです。
「これは間違いなのでは?」と若かりし頃の僕は疑ったのですが
今度は「リトル・クリミナルズ」収録の「イン・ジャーマニー・ビフォー・ザ・ウォー」で
最初、伴奏はマイナーなのに歌が進むとこれまた不思議な倒錯感が。
何だか分からないけれどこの感覚が懐かしいと思ったのです。
それからヴァン・ダイクの「ソング・サイクル」を聴くとそんな音の宝庫(笑)。
「なるほど、不安定さはこれを多用しているからだ!」と感動しました。

それが以降のクルト・ワイルやニーノ・ロータの楽曲を聴くたびに
「これこれ、この倒錯した感じ」とひとりほくそ笑んでいました。
それがやがて調性そのものが不安定でより自由な響きに惹かれる伏線だったのです。

それからしばらくして子供の頃聴いていた北米民謡を
再度聴くようになった頃にまた驚きました。
と言うのも白人黒人問わず多くの演奏にこの和声が多用されていたのです。
伏線の伏線をすでに子供の頃に聴いていたのかも知れませんね(笑)。
人によってはこの音程をブルーノートと呼びますがこれは厳密に言えば違う気がします。
(本来のブルーノートは半音階の間にある音なのだと、ものの本で読んだ事が。)
ただこの隣り合わせたふたつの音が鳴る事で
何とも「もの悲しい、憂鬱な」気分になるのは確かですね。

高田漣

100524takada_P3.JPGMacはみた!彼は憂鬱な気分のようだ

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2010.05.24  |  CULTURE

PROFILE

高田漣

1973年、日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男として生まれる。14歳からギターを始め、17歳で、父親の旧友でもあるシンガーソングライター・西岡恭蔵のアルバムでセッション・デビューを果たす。現在は、スティール・ギターをはじめとするマルチ弦楽器奏者として細野晴臣、高橋幸宏、ハナレグミ、アン・サリー、畠山美由紀、Human Audio Spongeなどのレコーディングやライヴで活躍中。ソロとしても今までに5枚のアルバムをリリース。2008年には、高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人で「pupa」を結成し、デビュー・アルバム『floating pupa』を発表している。同年、崔洋一監督によるショートフィルム「ダイコン」(小泉今日子主演)の音楽を担当。

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