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Behind the Disk by 高田漣

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2010.04.19

足なが伯父さんの五角形の話

僕はふたつの子供時代を過ごした。
どちらも自分でどちらも楽しめた。

毎度ばかばかしい話を一席。

僕は吉祥寺のはずれの三鷹で貧乏ながらも楽しい少年時代を過ごしました。
近所には玉川上水がありその先には井の頭公園があって、
東京でありながら自然に囲まれた田舎生活でした。

他方、僕の母方の実家は京都の茶道の家で少なくとも貧乏とはほど遠い生活をしていた。
年に2~3度は京都の婆ちゃんの家に泊まりに行き(夏は一ヶ月以上)、
そこでは別の子供時代を味わっていました。
茶箪笥の中には超高級和菓子があり
僕は一生分の甘味をそこで頂いたと思われます(笑)。
それが証拠に今は全くと言っていいほど甘いものが苦手に。
ちなみに僕が寝ていた部屋は普段は茶室で足下には茶道具がぎっしり。
そんな茶道の師匠だった婆ちゃんは成人してから一度も
自分で髪の毛を洗った事のないという世間離れした人で
(稽古の為にいつも髪を結っていたのです)
さらにヘビースモーカーでコーヒー好きでお酒もよく飲んでました。
典型的な大正生まれの女性でした。

一緒によく京都の老舗の喫茶店「六曜社」に行きました。
若かりし頃の高田渡や中川イサト氏や中川五郎氏がたむろしていた場所であります。
いつも連れて行ってくれるのは伯父で、
伯父はその昔は京都で「むい」というライブハウスを経営していた。
伯父は僕が10歳の時に突然店をたたみ、
それからは婆ちゃんと一緒に典型的な京都の二代目の生活をしていました(笑)。
「むい」にあった2,000枚くらいのレコードは京都の家に片付けられ、
自分の手で運べる分だけ持っていきなさい、と伯父に言われて
毎年シコシコ運んだものが僕の音楽性のルーツになっている事は間違いないです。
しかも伯父が「それならこっちの方がええで」とか
「それ売れただけでつまらんで」とか
厳選してくれたおかげで無駄な時間が省かれたのかも知れません。
もっとも伯父の独断と偏見に基づいた基準ではありますが(笑)。
そのおかげで僕ははじめての自分のアルバムの「ララバイ」を作る事が出来たのです。
あのアルバムが発売された当時、多くの方に誤解をまねいてしまいました。
恐らく親父はあの中の収録曲で半分くらいしかオリジナルを知らないと思います(笑)。
いや、どうでしょうか?
ただ憶えているのは発売記念のライブに急にやって来て
ど真ん中の席を陣取って聴いて帰ったという事です。
まわりのお客さんの方が緊張してましたね(笑)。

、、、話を戻しまして(笑)、、、
子供の頃からよく伯父とは夜の祇園に出向いた。
間違いなく「一見さんお断り」なお店を夜な夜な廻る日々は
まったくもって吉祥寺の日々とは真逆(笑)!
そんなある日、とある伯父の行きつけのバーで
伯父に進められたのがペンタングルでした。
ペンタングルはバート・ヤンシュとジョン・レンボーンを中心に結成されたバンドで
ベースのダニー・トンプソンとドラムのテリー・コックスのジャズ的要素と
上記の二人とボーカルのジャッキー・マクシーのフォーク的要素が交じった
一種独特の緊張感のあるアンサンブルを奏でるバンドで、
一言では言い表せないイギリスの寒い風のような音楽性。
僕の最初の感想は「く、、、暗い、暗すぎる。」でした(笑)。
なのに不思議とそれからず~~~っとその時の音の感触が後をひきました。

100419takada_P1.jpg


その時のことだったかは定かではありませんが、
そのお店で伯父がトム・ウェイツの「土曜の夜」を聴きながら
「アサイラムの頃が一番ええねん。その後は最悪や!」とか、
「こいつら大嫌いやねん。」って言っていたのがオーネット・コールマンだったりして
それがその数年後には僕の愛聴盤になるのですから不思議なものですね!

それが気に入ったらこれも!と進められたのがフェアポート・コンベンション。
こちらの方がロック的で若造には分かりやすかったので、すぐにのめり込みました。
フェアポートは大好きなギタリスト&シンガーのリチャード・トンプソンを中心に
僕が知る限り最高の女性ロックシンガーのサンディ・デニーや
名リズム隊のデイヴ・マタックスとデイヴ・ペッグ。
影の功労者で現在もバンドを先導するサイモン・ニコルや
初期の声であり彼らが辿るかもしれなかったもう一つの道筋を
ソロで辿ったイアン・マシューズ。
フェアポート時代からのアイデアを発展させ
大イングランド音楽を追究したアシュリー・ハッチングス。
そして中期以降存在を支えたアイコンであり名フィドラーのデイヴ・スワーブリック。

100419takada_P2.jpg


すべてが走馬灯のように僕の記憶を刺激します。

間もなく僕がギターを弾き始めたと聞きつけ、親父が僕に聴かせたのが、、、
ペンタングルとフェアポートでしたが、その辺はまとめて次回にお話ししましょうか。

高田漣

100419takada_P3.jpgMacは見た。彼はアコギスト!

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2010.04.19  |  CULTURE

PROFILE

高田漣

1973年、日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男として生まれる。14歳からギターを始め、17歳で、父親の旧友でもあるシンガーソングライター・西岡恭蔵のアルバムでセッション・デビューを果たす。現在は、スティール・ギターをはじめとするマルチ弦楽器奏者として細野晴臣、高橋幸宏、ハナレグミ、アン・サリー、畠山美由紀、Human Audio Spongeなどのレコーディングやライヴで活躍中。ソロとしても今までに5枚のアルバムをリリース。2008年には、高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人で「pupa」を結成し、デビュー・アルバム『floating pupa』を発表している。同年、崔洋一監督によるショートフィルム「ダイコン」(小泉今日子主演)の音楽を担当。

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