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Behind the Disk by 高田漣

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2010.08.31

真夜中のオアシスを求めての話

普段室内で仕事をする事が多く、
また仕事以外で人目に触れるのももっぱら夜ばかり。
ある時は燦々と照りつける太陽を尻目に地下室で、
ある時は深夜から明け方まで飲んで帰る日々。
ひょっとしたら遠い昔に出合った「真夜中のオアシス」に
取り憑かれているのかも知れません。

毎度ばかばかしい話を一席。


京都で伯父に聴かせてもらったマリア・マルダーのファースト・アルバムには
影響とか衝撃を超えた得体の知れない何かを感じました。
それまでもブルースやジャズ等、ルーツ志向が強かったのですが
彼女の歌う「真夜中のオアシス」に完全にノックアウトされてしまったのです。

思えば僕が産まれた頃に発売されたこのアルバムは、
当時のルーツ系のミュージシャンのカタログのような作品でしたね。
ライ・クーダーにデヴィッド・リンドレー、ジム・ケルトナーや
デヴィッド・グリスマンやクラレンス・ホワイト。
、、、そしてエイモス。

さて、他の楽曲のルーツ的なアプローチとは違って
「オアシス」は洗練されたコード進行と絶妙な転調感。
その上を自由に歌うマリアのコケティッシュな歌声。
そして何よりもエイモス・ギャレットのギター!
溜め息が出るほど美しくマジカルで、その日も何度も何度も聴いていました。
それまではブルース一辺倒だった僕は、どちらかというと
単音チョーキングで音程を上げるばかりでしたが
エイモス以後はダブルベンドでチョークダウンばかりに(笑)。
わ、分かりやすっ(苦笑)

それからはエイモスの名前が載っているアルバムは片っ端から聴きました。

エイモスといえば2007年の来日の際にライブを観ました。
と言っても、小さなハコでしかも立ち見だったので音だけでしたが。
あまりにその日の演奏が素晴らしくて一緒に観ていた
ギタリストの佐橋さんとギターキッズのように、
終演後にステージ前まで駆け寄って機材をチェックしましたが、、、

フェンダーのギターとフェンダーのアンプだけでした(笑)
僕も佐橋さんも敗北感だけを土産に帰ることにしました。

マリア・マルダーはもっと前、
まだ僕が大学生で北米西海岸をふらふらしていた頃に観ました。
サンフランシスコのフィッシャーマンズ・ワーフのあたりの小さなライブハウスでした。
ブルース週間の一貫のイベントでしたが、お客もまばらで
それより何よりもマリアの姿に驚いてしまい(苦笑)
でもその後にサインをもらいに行きました。
お金が無かった僕は手ぶらでサインの列に並び、取りあえず
着ていたトレーナーにサインをお願いしましたが快く書いてくれました。
でもあの時サインを書いてもらったトレーナーはその旅で着古してしまい
何処かに消えてしまいました。

その後、マリアの2001年の来日の際はオープニングアクトのメンバーとして
ステージに立ちました。その日のステージの方がマリアの気合いも入っていて
良かったなと記憶していますが、、、それよりも彼女がステージ上でハーシーズの
板チョコをかじって自虐的なMCで笑いを取っていたことと、
その日のフジロックでの、ニール・ヤングが暴れ馬達と繰り広げた熱演を
見逃したことの印象の方が強いのです、、、笑。

、、、気を取り直して、

ソロ・アルバム以前の名作、夫婦デュオのジェフ&マリアの2枚も本当によく聴きました。
「我が心のジョージア」のエイモスのギター・ソロとか何度聴いても鳥肌ものですね。
僕はこの2枚でマリアもさることながら、当時の旦那様のジェフ・マルダーにもぞっこんでした。
ブルースの解釈のモダンさや、何よりもあの声!
そして極めつけは未来世紀ブラジルでもフィーチャーされる「ブラジル」。
あのバージョンを聴いた時に「ロックとかブルースとかそんな垣根はどうでも良いや」と、
とっても自由になれた気がします。

100831takada_P1.jpgジェフ&マリア

そう言えばジェフ&マリアの有名な逸話があります。
当時NYの進歩的な若者ミュージシャンの集まりだったイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドに
所属していたジョン・セバスチャン(後のラヴィン・スプーンフルのリーダー)は、
バンドメンバーでとびきりの美人のマリア・ダマートをデートに誘ったそうです。
デートの行き先はライブハウスで、お目当てはこれまたリバイバル・ジャグバンドの
ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドだったそうです。
しかし彼女はバンドにいたハンサムなギター弾きに人目惚れしてしまいました。
その男こそジェフ・マルダーで、恋に落ちた彼女はバンドを離れ、
ジム・クウェスキンのバンドに加入してしまったそうです。
ジョン・セバスチャンってウッドストックしかり良いヤツで
、、、良いヤツ過ぎていつも、、、でも憎めない、そんな存在ですね(笑)
音楽的にももちろん大好きです!

100831takada_P2.jpg左)クウェスキン 右)イーヴン・ダズン

さて、そのジャグ・バンド解散後に作ったのが前述のデュオ2枚でしたが、
その後、二人は破局して別の道を歩みます。
と言っても、お互いが同じパートナーを起用します。
そうエイモス・ギャレットです。

マリアがソロ1作目でエイモスの独創的なギターソロをフィーチャーしたように
ジェフはエイモスやポール・バターフィールドらとベターデイズを結成し、
ジェフ自身が歌う至極のパーシー・メイフィールドのカバー曲
「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラブ」でも
これまたエイモスの名ギターソロが(涙)!
そうそう、この次のベターデイズのアルバムでボビー・チャールズも知りました。
ジェフはその後エイモスとデュオ作をやソロ作等を発表したものの
しばらくは音楽活動の表舞台から離れていました。

100831takada_P3.jpgマリアのソロ1st&2nd

100831takada_P4.jpgベターデイズ

100831takada_P5.jpgエイモスの「スリープ・ウォーク」名演とジェフの1stソロ

そのジェフが久々に日本で、しかも吉祥寺でライブをしました。
、、、いや、する筈でした。2001年の初春あたりの事です。
当時、僕を可愛がってくれていた麻田浩氏からライブの前日に電話があり
「今からジェフと夕飯食べに行くんだけど、この辺で日本酒の良い店知ってる?」
とのこと。ご一緒したかったのですが都合が合わずお店だけ教えました。

そして翌日、、、

ステージに現れたジェフは非常に神経質そうでピリピリしたムード。
4曲ほど歌った後、ステージ袖に下がってしまいました。
数分後ステージにやって来たのはジェフではなく麻田さん!

「本人が体調を崩してしまい、今日はこれ以上ステージを続けられない状況です。
後日必ず振り替え公演を行いますので、、、」

しまった、昨日、教えたお店はとびきり上等で美味しいお店だったので
ひょっとしたらそれで飲み過ぎたんじゃなかろうか。
心の中で僕はその場で茫然とするお客様たちに陳謝しました(笑)

あまりに時間が余ったのでその後、会場の近所のイノトモのアパートに
鈴木惣一朗氏や桜井芳樹氏らと押し掛けて夜な夜な長い夜でした。

そう言えば、今秋ジェフ&エイモスが来日するようですね。
どこかの公演には足を運びたいなぁ。
ご興味のある方はこちらへ。


高田漣

100831takada_P6.jpg未来世紀ブラジル!

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PROFILE

高田漣

1973年、日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男として生まれる。14歳からギターを始め、17歳で、父親の旧友でもあるシンガーソングライター・西岡恭蔵のアルバムでセッション・デビューを果たす。現在は、スティール・ギターをはじめとするマルチ弦楽器奏者として細野晴臣、高橋幸宏、ハナレグミ、アン・サリー、畠山美由紀、Human Audio Spongeなどのレコーディングやライヴで活躍中。ソロとしても今までに5枚のアルバムをリリース。2008年には、高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人で「pupa」を結成し、デビュー・アルバム『floating pupa』を発表している。同年、崔洋一監督によるショートフィルム「ダイコン」(小泉今日子主演)の音楽を担当。

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